幕末の儒学者楠本端山とその旧宅
旧宅…佐世保市針尾中町1698番地2

国道202号線葉山バス停から徒歩で

北へ約5分

 楠本端山は、幕末から明治維新にかけての激動、変革の時期に活躍した儒学

者で、三島中州が「西海の二程の名に背かず」として楠本端山・碩水の兄弟を

「訓詰辞章の学を廃し、修身治国家を旨とする聖学を奉じて天下の風教を正し

た宗の大儒学者、程明道、程伊川に比した」ほどの秀れた学者でした。

 端山は、文政11年(1828年)針尾在住の平戸藩士楠本忠次右衛門の

長男として生まれました。5人兄弟で端山と三男の碩水とが特に秀れていたと

言います。

 端山は、平戸の維新館に学んだ後24歳の時江戸へ出て、当時の著名な儒学

者佐藤一斎に学び、二年間の江戸留学の後維新館の教授となりました。

 明治15年(1882年)、端山の発意よって、旧宅近くに「鳳鳴書院」を

創設し、全国から集まる多くの塾生の教育に当たりました。

 端山は、官学における厳しい規則や試験の制度を廃止し悠々として自由に

聖学を学ぶことを以て書院の方針としました。

  旧宅は、建坪87坪 、一部中二階、14室からなる本屋のほか、冠木門、

祠堂、納屋などがあり、幽寂閑静の中に、旧平戸藩在郷藩士の家の造りと学

者端山の生活の跡を偲ばせています。

 鳳鳴書院は、復元を望む声が強かった

ことから、残された写真や資料をも

とに、綿密な工事が行われ昭和50年

(1975年)10月今に見る「鳳鳴書院」

が端山旧宅敷地内に再現されました。